「ウサギとカメ」の昔話は、みなさんもよくご存じでしょう。「もしもしカメよカメさんよ~♪」と童謡にもなっています。簡単にあらすじを書いておきますね。
カメの足の遅さをウサギがバカにしたことから、ウサギとカメが、かけっこの競争をすることになりました。足の速いウサギは大幅にリードします。後ろを振り返ってもカメの姿はまったく見えません。そこでウサギは油断して、ちょっと昼寝をします。その間に、カメはずっと走り続けて、ウサギを追い越します。ウサギが目を覚ましたときには、もうカメが先にゴールしていました。(ギリシア版)

よく知られたこのお話は「イソップ物語」です。イソップは古代ギリシアの人なので(架空の人物という説もありますが)、ギリシアのお話ということになります。
それが大昔に日本に伝わってきて、明治時代に教科書に採用されたことから、今のように有名になりました。日本の昔話と思っている人も多いかもしれません。
さて、この「ウサギとカメ」ですが、じつは別のバージョンもあります。次に、アフリカ版をご紹介してみましょう。サッカーでも有名になったカメルーンのバフト人に伝わるお話です。

ウサギとカメが、かけっこの競争をすることになりました。カメは親戚一同に声をかけました。そして、走る道筋に一定の間隔で隠れていてもらうように頼んだのです。
さて、競争が始まって、ウサギがしばらく走って、「もうそうとう引き離しただろう」と思って、余裕で後ろを振り返ると、なんとすぐ後ろにカメがついてきています。
それは道端で隠れていた親戚のカメが出てきただけです。でも、ウサギにはカメの区別がつきません。ですから、思いがけないカメの足の速さに、ウサギはビックリしてしまいました。
ウサギはさらにスピードを上げて、しばらく走り、今度こそ引き離しただろうと思って、後ろを振り返ると、またすぐ後ろにカメがいます。ウサギはすっかりあわてて、こんなに速く走ったことはないというほど、全力で走り続けます。今度こそと思って振り返ると、またすぐ後ろにカメ!
ウサギはもう無我夢中で走り続けます。死にそうになっても、それでもなお。そして、ゴールに飛び込んだのですが、ばったりと倒れると、そのまま死んでしまいました。こうして競争は生き残ったカメの勝ちということになりました。
(アフリカ版)

ギリシアとアフリカでは、ずいぶん違いますね。では、日本ではどうなのでしょうか?
日本にも「足の速い動物と足の遅い動物が競争をして、足の遅い動物が勝つ」というお話があります。タニシと狐のお話なのですが、登場人物をウサギとカメに置き換えて、お話してみましょう。

ウサギとカメが、かけっこの競争をすることになりました。走り始めたとき、カメはウサギのしっぽの先にパクリと噛みつきます。
小さなカメですし、ウサギは走ることに一生懸命なので、ぜんぜん気がつきません。いよいよゴールの前まで来て、勝利を確信したウサギは、後ろを振り返りました。そのとき、すかさずカメはシッポから飛び降りて、ゴールし、
「誰を探してるんだい? こっちはとっくにゴールしているよ」
とウサギに言いました。
(日本版)
さて、ギリシア版と、アフリカ版と、日本版をご紹介しましたが、あなたはどのバージョンがいちばん好きですか?
カメになったつもりで、一つ選んでみてください。

A.ギリシア版(努力するカメが、なまけるウサギに勝つ)
B.アフリカ版(知恵のあるカメが、仲間の助けを借りて、ウサギに勝つ)
C.日本版(知恵のあるカメが、ウサギのしっぽにぶらさがって、ウサギに勝つ)

心が決まったら解説を読んでください。



このテストから学ぶテーマ
「壁にぶつかった時の思考法」
「無理」と決まっていることは、本当に「無理」なのか?

ギリシア版、アフリカ版、日本版というふうに、ご紹介しましたが、 実はこの3つのバージョンはどの国にもあります。
ウサギとカメとは限らず、いろんな動物が主人公になっていますが、基本的には「足の速い動物と足の遅い動物が競争をして、足の遅い動物が勝つ」というパターンのお話で、グリム童話の翻訳者の金田鬼一氏によると(文章は変えました)、
(1)努力するカメが、なまけるウサギに勝つ
(2)知恵のあるカメが、仲間の助けを借りて、ウサギに勝つ
(3)知恵のあるカメが、ウサギのしっぽにぶらさがって、ウサギに勝つ
という3種類です。
世界中に、この3種類のお話があります。日本にも、じつは3種類ともあります。
いったいなぜ、この3種類なのでしょうか?
そもそもウサギとカメが競争する理由は何でしょうか?
カメがウサギに足の遅さをバカにされたから、畑の収穫物をどちらが自分のものにするかを決めるため、カメのほうから競争をもちかけた…など、さまざまなバージョンがあります。
ただ、共通して言えることは、ウサギとカメでは、ウサギのほうが足が速くて、勝敗はもともと決まっている、ということです。それでも、カメは勝負をしなければならなくなるのです。
こういうことは、実際の人生でも、よくあることです。負けるに決まっている勝負をしなければならない、無理に決まっていることをしなければならない、勉強でも仕事でも、そういうことはつきものです。
負ける勝負は負けるしかないのか、無理なことはやはり無理なのか。
それでは人生、面白くありません。
そこを何とかならないのか?
それを考え尽くした結論が、先の3種類の方法なのではないでしょうか。
世界中にこの3種類があるということは、誰が考えても、この3種類に行き着くということでしょう。他にもバージョンがあったかもしれません。
でも、それは廃(すた)れてしまいました。残ったのは、この3種類であり、それだけに、この3種類は普遍的で確実と言えるでしょう。

心理学に【収束的思考】と【拡散的思考】という言葉があります。
【収束的思考】とは、論理的にひとつの答えを導き出す思考法のことです。学校の勉強で鍛えられるのは、もっぱらこの【収束的思考】です。
テストの解答が複数あって、これも正解、あれも正解ということはまずないですね。正しいひとつの答えを導き出すということに、私たちは慣れきっています。でも、思考法はそれだけではないのです。
【拡散的思考】とは、創造的に、たくさんの答えの可能性を広げていく思考法のことです。必ずしも論理的とは限りません。 しかし社会に出ると、むしろこちらの思考法のほうが大切になってきます。なぜなら、世の中のことの多くは、答えがひとつではないからです。
「人生とは何か?」の答えは一つでしょうか?
「恋愛とは何か?」の答えは一つでしょうか?
足の速い動物と、足の遅い動物が、駆け比べをしたら、どうなるか?
【収束的思考】なら、答えは一つです。
「足の速いほうが勝つ」
しかし、【拡散的思考】なら、答えは違ってきます。
それが先の3種類の答えです。
社会に出て、壁にぶつかって、「これはどう考えても無理」と思ったときには、ぜひ【拡散的思考】を思い出してみてください。「駆け比べ」というような、絶対的にどうしようもないような勝負でも、遅いほうが勝つ方法はありうるのです。
昔話という、長い歴史の中でたくさんの人たちが語り継いできた物語が、そのことを教えてくれているように思います。

<賢者の答え>

ギリシャ版(努力するカメが、なまけるウサギに勝つ)
→この話が好きなあなたは……
地道さ、真面目さ、一途さというようなものが、今の世の中では、鼻で笑われかねません。 速さ、抜け目のなさ、うまく立ち回るというようことが、もてはやされがちです。
しかし、だからこそ、地道さや真面目さや一途さが、より価値を高めているとも言えます。みんなが争って殺到する高速道路よりも、遠回りでも空いている田舎道のほうが渋滞していなくて、けっきょく早く着くということがあります。
あなたも、地道で真面目で一途な努力こそが、向いています。 そう言われても、ウサギが目の前で、はるかに先に走って行ってしまって、大きな差をつけられると、とても平気ではいられないでしょう。ガッカリして、自分の歩調も乱れてしまって当然です。
そういうときは、「他人」と「自分」を比べないことが肝心です。
それこそが「努力」するときに、いちばん大切なことなのです。比べるのは、「昨日の自分」と「今日の自分」です。昨日より今日のほうが少しでも成長していれば、それでよしとしましょう。それはカメの歩みですが、着実なものです。
他人と比べて、あたふたしていると、じつは進んだり戻ったりで、実際にはぜんぜん進めていないこともあります。着実なほうが強いことを忘れないでください。

アフリカ版(知恵のあるカメが、仲間の助けを借りて、ウサギに勝つ)
→この話が好きなあなたは……
みんなで助け合うということ、困ったときに人の手を借りるということは、昔の日本ではあたりまえのことでした。 戦後、アメリカの個人主義が入ってきて、何事も自分の力でなんとかするべきで、人に頼るべきではないという風潮が強くなりました。
しかし、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は東京帝大(今の東大)の講義で語っています。
「君たちは、独立自尊をよく口にする。しかし人は果たして自分ひとりで、よく独立を保てるだろうか? 沼に沈まんとする人間が、自分の髪をひっぱって、沈むことを止め得るであろうか?(中略)よき自立は、よき相互依存によらなければならない」
あなたも何か困難にぶつかったときには、仲間(家族や恋人や上司など身近な人たちすべて)に手助けを求めましょう。仲間と一緒なら、「無理」なことでも、なんとか打開できるはずです。
もろちん、「なんとかして」と他の人にまるごと頼むのではなく、カメのように、どうするかを自分で考え、その上で手を借りることが大切です。
「自分だけで」と考えるから、無理になっていることがたくさんあるはずです。人の手を借りることを、後ろめたさではなく、可能性を広げるものとして考えてみてください。

日本版(知恵のあるカメが、ウサギのしっぽにぶらさがって、ウサギに勝つ)
→この話が好きなあなたは……
これは「相手の力を利用する」ということです。あなたにもそれが向いています。言ってみれば、柔道のような精神です。
相手の力をうまく利用することで、小さい者でも、大きい者を倒すことができる。 これは柔道だけでなく、このカメとウサギの例のように、さまざまなところに応用可能な考え方です。
たとえば、上司にいつも叱られているとします。これをただ残念に思ったり、恨みに思ったり、あるいは「自分はダメ」だと落ち込んでばかりいたのでは、ますます仕事力は低下していくでしょう。
しかし、叱ってくる相手のエネルギーを、自分に役立ててみたらどうでしょう。叱ってくる内容が、ある程度、もっともなことだとしたら、叱られたことをきっかけに、その部分をもっと向上させるように前向きに頑張ってみる。叱ってくる内容が、まるで見当ちがいなことだとしたら、そういう見当ちがいなことを言う人とのコミュニケーションの練習台とする。
私自身も、生きていく中では、当然、イヤな人とも出会います。不愉快で不愉快で、こういう人とのつき合いはやめようかと思ったりもします。
でも、我慢して、頑張って対応をしていると、いいことがあります。たとえその人とはいつまでもうまくいかないとしても、他の人とのコミュニケーションがとても快適になるのです。
話が通じるという、ごく当たり前のことでも、「なんて話の通じる人なんだ!」と感激できたり。そのせいでますます関係が良好になります。これも不愉快な人とのつき合いのおかげです。 相手の力を、自分の成長の糧とすることをぜひ心がけてみてください。あなたはそれができる人です。


津田先生より「今回は「カメ」のほうの視点から考えてみましたが、ウサギのほうの視点から見ると、また別のバージョンもあります。 たとえば、フランスの「ウサギとカメ」は、ウサギがわざとカメを先に走らせておいて、後から抜いてやろうとして、スタートが遅れすぎて、けっきょくカメに追いつけません。昔話には、たくさんの類話があります。 そのちがいを楽しむのも、また面白いものですよ」

今回はいつものパターンとちょっと違って、3つの物語が出てきましたね。ちなみにスタッフは一番おなじみのギリシャ版がやっぱり好みでした。地道な努力が向いているみたいです…頑張ろうっと(^^)。みなさんはどのお話が好みでしたか?