大きな石を割って咲いたカスミザクラ 石と桜とがともに生きる

春の終わりの桜の木の下、花びらがひらひらと舞い散るなかで佇んでいるのが好きです。
心惹かれるのは孤高の桜。ほとんど人が来ない、忘れ去られたような桜の大樹の下に立つと、ふと精霊が現れることがある......。
さくら、さくら、さくら。
毎年4月末から5月の初め、会いに行くのは大きな石の中から生まれた桜です。

【木の特徴】
おにぎり型の石の間から生えたように幹が伸びていき、桜の花が咲いています。大きな石を割って咲いたことから「石割桜(いしわり・ざくら)」という名前で呼ばれています。
桜の種類はカスミサクラ。遠くから眺めたときに霞(かすみ)のように見えることから、霞桜といいます。時々、アスファルトを割って生えるタンポポやスミレを見たことがあるけれど、こんな大きな岩を割って、太い幹が伸びる桜は他に見たことありません。
大岩を割って芽吹くとは! 驚き! なんという生命力の強さ! どうして、この石から桜が生えたのかは不明です。
「石割桜」と名づけられた桜は岩手県盛岡市にもあり、こちらはエドヒガンザクラですが、落雷を受けた割れ目に種が入りこみ、生長したと伝えられています。この石割桜も似たような状況だったのかもしれません。

心に響く木と出会うと、根元に座ったり、幹に寄りかかったり、樹皮に触れたくなって、木のそばを陣取るので、撮影目的で訪れたカメラマンににらまれることがあります。
この日もつい両手を広げて幹に張りついていたのですが、カメラを手にした人たちは私が桜とたわむれるのを静かに待っていてくれました。
木から離れ、「お待たせしました」とお礼を言うと、「いいえ、いいえ」と手を振って、「何の問題もないよ。この桜、いいよなあ」「抱きつきたくなるよ、わかる、わかる」と言ってくださいました。
この日この時間、ほんの一瞬すれ違っただけなのに、桜の木の下で出会った人たちとの会話を思い出すと、今でも心がほわっとあたたかくなります。

★この木を見るポイント⇒石が割れ、中から幹が伸びている。裏にまわると、割れた石の間に体ごと入れます。ただし、すぐ下は崖なので足をすべらせないように注意してください。花の見頃は4月下旬~5月第1週目くらい。

【歴史を伝える】
桜の木のそばには歌が添えられています。

「見る人の ためにはあらで おくやまにおのがまことを 咲くさくらかな」読人不知。

この辺りを旅した人が地元の誰かに言い残していった歌かもしれませんね。
「桜は、見る人のために咲くのではなく、この奥山で自分のために咲いている、桜よ」といった意味でしょうか。現代、他人の評価を気にして、自分の本心を見失いがちな私たちに、「自分の心を大切にするんだよ、自分を否定するなよ。自分のために精一杯、美しい花を咲かせよう」と励ましてくれているようです。
孤高の桜は今年の春も、私を待っていてくれると思います。

【石割桜の教え】
強い意志は、岩をも壊す。芽吹け、伸びろ、花ひらけ。

【この木に会いに行こう!】
関越自動車道、沼田ICよりGCスカイリゾート方面へ進み、車で約15分。

○杉原先生の著作
『神話と伝説にみる 花のシンボル事典』
定価:3,080円(税込)A5判・並製・284頁 ISBN:9784906828357
⇒聖樹研究家の杉原梨江子先生が約220種の花の名前の歴史、物語、言い伝え、「シンボル」となるキーワードを丹念に集めました。植物学とは異なる、花の文化誌です。
http://www.setsuwa.co.jp/publishingDetail.php?pKey=177


○杉原先生がラジオ出演!
月に1度、『花のシンボル事典』から季節の花を紹介しています。
毎月・第3火曜日の19時25分から。
番組名:エフエムふくやま・本の情報番組「ブック・アンソロジー」<もっと素敵にマイライフ>のコーナーにて。
「YouTube(動画ラジオ)」でも聞けます。
『神話と伝説にみる 花のシンボル事典』より 桃(2021年3月)
https://www.youtube.com/watch?v=f-nFDwipDzk&t=85s