昭和35年くらいのことかしら。とすれば私は7歳の夏で、小学校の低学年。「スイカの方がいい~!絶対にスイカ、スイカ~!」と黄色い声をあげてぐるぐると母のまわりを回っていたのではないかと思う。黄色い声って、誰が言い出したのか、なかなか鋭い表現だ。こんなときの、かん高い声の色にはやはり黄色がピッタリだと思う。
スイカは井戸に入れて冷やし、まくわ瓜は仏壇に上がる。茹でたてのそうめんにお箸を添えたものと、お茶。いつもおばあちゃんは、のの様(仏さま)を大事にしないとバチが当たると言っていた。そして、もしお家が火事になったときには、御位牌と過去帳を持って逃げればその後どんなことがあっても必ずご先祖さまが守ってくれると言っていた。

そんな背景も影響していたかもしれないけれど、幼い私にとって、のの様と閻魔様は、一目を置く存在だった。もちろんのこと神様にもおそれを感じたけれど、のの様と閻魔様の方が、子供心には身近な存在だった。特に閻魔様は、もれなく地獄絵付きなので、幼い頭の中では、凄い迫力だった。当時の新潟では、クラスの半分は、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に暮らしている三世代同居の家庭の子だった。その子たちも私同様「うそつくと閻魔さまに舌をぬかれるよ」と言われながら育ったに違いない。

私のおばあちゃんの生まれは、明治21年11月なので今生きていれば、126歳。64才も年が違うが、おばあちゃんとは、クラスの友達の誰よりも「友達だった」。仲良しとか理解者とか、色々な表現の方法があるけれどそのどれとも違う。先生とか保護者とも、また違う。しいて言えば信奉していたというような感覚かもしれない。
物知りで、好奇心旺盛。昭和10年代に台湾まで、出産の手伝いに海を越えて行ったという胆力! その上、手先が器用で何でも魔法のように作ってくれる。第一号は、私が生まれたときに作ってくれたティディベア。……といっても、おばあちゃんは、洋風のクマさんのぬいぐるみなんて知らないから、イヌとクマが合体したような感じのものだった。約136センチ。名前は、トム。素材は、布団綿と洋服の余り布。でも、漢字を習うようになってから、本当の名前は「富む」だと分かった。
抱っこしたり、おんぶしたり、一緒に寝たり、ままごとのお客様になったり、トムちゃんは、私の生活の空間すべてにいた。
トムちゃんは、晴れた日には物干し竿に吊るされていた。寝ても覚めても一緒にいるので涙もご飯粒も鼻水も何もかも一身で受け、汚れでメチャクチャ。それでも、片時も離さない私の手から、何とか理由をみつけて洗濯をしていた母は、いったいどんな事を言って、私を諭したのだろうか? 乾くまで3時間くらいかかったので、何回も何回も物干し竿のところまで行って、最後はトムちゃんの下で寝てしまう私をどんなふうになだめたのだろうか。

今の時代は、たくさんのものがあってお金があれば何でも買える。一歩、外にでるとすぐにお店があるし、ネット注文もできる。雨に濡れず、探し歩きもせずに欲しいものが手に入る。便利でありがたいことだ。
でも、ほんの少しだけ淋しい気がする。うまく言えないけれど、物はたくさんあるものの、カロリー不足で無機質な感じとか、まだ、買ってもいないのに飽きてしまったときの自分が想像できるとか、そんな想像が先行して、なかなか、「これだ!」の感じにならない。ひと目惚れをして、どうしても家に連れて帰りたくなるような何者かにめったに会えないのだ。
友だちは、そんなの老化現象よという。もう時代は変わったんだから、頭を入れ替えてリニューアルしないと、置いていかれちゃうよ。なんてのたまう。でも、そうなのかなあ……といつも私は思ってしまう。

井戸で冷やしたスイカを大きなまな板の上でスパンと二つに割って、半分はお隣の家に。そして、その半分はまず仏壇に、そしてその残りを家族で食べる。
井戸で冷やしたとはいえ、スイカは十分に冷えてはいなのだけれど、十分に冷たくておいしかった。小さな口にスイカを運び、夢中になって食べるうちに洋服は果汁で真っ赤。頬には、黒い種が点々と散らばってべたべた張り付くがそんなことにはおかまいなし。大人になったら塩をかけて食べようとか思いながらも、でも、今はダメ。せっかくの甘味がしょっぱくなるから。と、子供の味覚論に塩は退場だった。
そうだ、もうひとつ、とっておきのやさしい思い出があった。祖母や両親は、何気なくはしっこの方を食べて子供たちには、まんなかのところを食べさせていたのだった。
のの様からは、御線香のよい香りがして灯明が風で小さく揺れている。

この時代に心の中にあった物差しで測った寸法が、いつしか私のしあわせ寸法の基準になった。
トムちゃんは、ケースに収められて私の家のリビングにいる。
隣に貼ってある写真を見ると同じくらいの身長の私が、トムちゃんを精一杯抱えている。
ぷくぷくにふくらんだ両手イッパイで、ぎゅーっと抱きしめながらニコニコしているのは、きっと何かなにかうれしいことがあってご機嫌だったのね。長い人生、ずーっと、ずーっとなかよく一緒だったトムちゃんは、今でも私の力強いおまもりだ。

しあわせの寸法を書こうと思ったら、おばあちゃんやトムのこと、スイカに仏壇と、思ってもみない展開になってしまった。でも、どんなことがしあわせ?の基準を決めるものさしがこの時代に産まれていたことに感謝したい。

     エミール



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