「秘密基地」のボートで聞いた遠い国のお話
もうすぐクリスマスという寒い時期で、その日も朝から雪がちらちらと舞っていました。
実家の近所には児童公園があり、当時、そこには廃棄されたボートが置いてありました。屋根もついていたため、私や友だちは、そこを「秘密基地」にして、毎日のように遊んでいたのです。
そんなある日の午後、いつものようにボートへ漫画やお菓子をもちこみ、遊んでいた私たち。すると、そこへ突然、若い女性が本を読みながら近づいてきたのです。
その女性は、ウェーブがかったセミロングの黒髪で、体にぴったりしたセーターを着たきゃしゃな人でした。信じられないことに、寒い日にもかかわらず、コートを羽織っていませんでした。
そして、じーっと見つめている私たちに向かって、「本を読んであげようか」と言ったのです。
面食らいながらも、私たちはそのお姉さんをボートに招き入れました。
お姉さんはボートの床に座ると、手にした本を音読し始めたのです。それは、私たちが聞いたこともない国、時代の物語でした。
今、考えると、あれは子ども向けの新約聖書だったと思います。
初めて耳にする、イエス・キリストという名前。想像もつかない、はるか昔の、外国の話……。
私は好奇心に駆られながら、お姉さんが読む話に聞き入りました。
その後、お姉さんはほぼ毎日、決まった時間にやってきて、イエス・キリストの話を読んでくれました。
私も友だちも、日常とはかけ離れたストーリーに驚きながら、じっと耳を傾けたのです。
そんなある日、お姉さんが自宅に招いてくれました。私たちは、「寒い外で遊ばなくて良い」ということがうれしくて、大喜びしながらお姉さんの部屋に入れてもらいました。
そこには、お姉さんの話に出てくる、イエス・キリストが十字架にかけられているスノードームや、凝った作りの十字架などが飾られていました。
当時、幼い私たちが、キリスト教を知るわけもありません。まるで異空間に迷い込んだかのような、不思議な時間が過ぎていきました。
しばらくして、突然、お姉さんが公園にやってこなくなり、心配した私たちは、お姉さんの自宅まで行ってみることにしました。
ところが、玄関の呼び鈴を鳴らしてみると、出てきたのは全く知らない女性。けげんそうな顔を向けられ、「そんな人はいませんよ」と言われてしまったのです。
キツネにつままれたような顔をして、その場を立ち去る私たち。
あのお姉さんは、いったい何者だったのでしょうか……。
今、この話をすると、「それって本当の話? 夢でも見てたんじゃないの?」と言われてしまいます。なんだか、自分でも自信がなくなってきました(笑)。
けれど、今でもクリスマスが近づいて来ると、雪が降りしきる中、セーターのまま本を手にしてこちらに歩いてくる、あのお姉さんが目に浮かぶのです。
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