孤高の桜に会いに行こう。小高い丘の上、お地蔵さまが見守ります。春には香りのよい花を咲かせます

【木の特徴】
心惹かれるのは孤高の桜。
ほとんど人が来ない、忘れ去られたような桜の大樹に会いに行くと、ふと精霊が現れることがある……。
この桜はまさに、孤高という言葉がふさわしい。

桜は車がないと少し行きづらい場所にある。
沼田インターから迦葉山(かしょうざん)のほうへと広い道路を15分ほど走った頃、左手に柿の木畑や田んぼが見えてくる。なんとも静かな通りで、初めて訪れたときは、車にも人にもすれ違わなかった。左手に折れる細い坂道を記憶を辿りながら探す。この日はすんなり見つかった。
民家の脇を通って道なりに進むと、小高い丘の上に枝垂れ桜が立っていた。車を止めて、桜のそばまで田園のあぜ道を歩く。
子供の頃に田んぼで遊んだ記憶が蘇るような素朴な景色の中、地面につきそうなほど枝垂れた枝々が迎えてくれる。訪れた日は新芽が出始めていて、最も美しい満開には少し遅かった。それでも桜は風に揺れるたびに妖艶な魅力を放ってくる。

桜の木の下に座り、目を閉じてみた。
さらさら、さらさら……。絶えず枝が触れ合う音が聞こえた。
しばらくそうした後、丘から降りて、桜を眺めた。見る角度を変えると普通は姿が変わるものだが、この桜はほとんど印象が変わらなかった。
木の下にはお地蔵さまがいらっしゃる。赤い着物を着て、ずっとこの土地で桜を見守っていらしたのだろう。
孤高の桜。ただ一樹、凛と立っている。
孤立した感じがしないのはお地蔵さまと一緒だからか。家族のように寄り添う、桜の木とお地蔵さまだった。


★この木を見るポイント⇒田園風景の中に唯1本立っている。

【歴史を伝える】
今でこそ、花見は桜を見ながら飲んだり食べたりする宴会であるが、古代は花見とは桜の木に降り立った穀物神に神楽(舞いや音楽)を奉納したことが始まりだとされている。
サクラの「クラ」は磐座(イワクラ)とともに、神楽(カグラ)のクラ。そして、「サ」は桜のほかにも、稲を植える月は「サツキ(五月)」、田に植える苗は「サナエ」、稲を植える女性は「サオトメ」というように、「サ」とは穀物神を表す神聖な言葉であった。

稲がよく実り、豊かな暮らしができるのは、桜の木に宿る「サ(穀物神)」のおかげ。春、穀物神が人里に降りてくださったことを人々は祝福した。桜に宿った神様を喜ばせるために、にぎやかにお囃子(はやし)を奏で、舞い踊ることで、花の霊力、稲の力を高め、自然のエネルギーが一年を通して巡るようにと祈る儀式が花見だった。
花見は人間が一方的に桜の花を見て楽しむものではなかったのだ。
とはいえ、古代の人々も桜の花を見上げて、ほろ酔い気分で、豊作の吉凶を口々に言い合ったかもしれない。風流な貴族たちは歌を詠み、若い男女は愛を交わし、楽しい時間を過ごしただろう。
桜も喜び、人も嬉しい、そんな目には見えない、耳には聴こえないやりとりが古代にはあったかもしれない。

枝垂れ桜をぐるりと囲む田んぼを眺めながら、そんなことを考えた。

【この木に会いに行こう!】
毎年4月中旬から下旬にかけて満開になる。今年のように寒暖の差が激しい春は花の散る時期が遅くなり、5月初旬まで長く楽しませてくれるかもしれない。
関越沼田ICより迦葉山弥勒寺方面へ車で約15分。


○杉原先生の著作
『神話と伝説にみる 花のシンボル事典』
定価:3,024円(税込)A5判・並製・284頁 ISBN:9784906828357
聖樹研究家の杉原梨江子先生が約220種の花の名前の歴史、物語、言い伝え、「シンボル」となるキーワードを丹念に集めました。植物学とは異なる、花の文化誌です。
http://www.setsuwa.co.jp/publishingDetail.php?pKey=177


○杉原先生の携帯サイト(フィーチャーフォン)
ケルトの森 木精占術
http://celticforest.jp/


○杉原先生がラジオ出演!
月に1度、『花のシンボル事典』から季節の花を紹介しています。
毎月・第3火曜日の19時25分から。
番組名:エフエムふくやま・本の情報番組「ブック・アンソロジー」<もっと素敵にマイライフ>のコーナーにて。
※「エフエムふくやま」公式サイトのWEBラジオでお聴きになれます。
『花のシンボル事典』スイートピー放送中
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