「そんな誰でも知ってるお話を今さら……」 と思う人もいらっしゃるかもしれませんが、 人魚姫のお話は誰でも知っていても、アンデルセンの原作をちゃんと読んだことのある人は意外に少ないのでは? なんとなくあらすじを聞いて知っているとか、子供の頃に、簡単に変えてある絵本で読んだとか、ディズニーで知ったとか、そういう人も少なくないのではないでしょうか。
原作の翻訳は、今回も「青空文庫」で無料で読むことができます。
『人魚のひいさま』
昔の翻訳なので、「人魚姫」ではなく、 「人魚のひいさま」になっています。 「ひいさま」というのは、昔の言い方で、漢字では「姫様」と書きます。訳文はいささか古めかしいですが、その分、格調が高くて、なかなかいいですよ。
次のようなお話です。海の底深くに、美しい人魚の国があり、人魚の王様には、6人の娘がありました。その6番目の末の娘が、このお話の主人公の人魚姫です。
人魚の娘は、15歳になると、海の上に出てみることを許されます。人魚姫は長い間、ずっと海の上の世界にあこがれていて、15歳の誕生日に、すぐに喜んで海の上に行ってみます。人魚姫はそこで、船の上にいるひとりの王子を目にします。
船は嵐にあって難破し、王子は海に放り出されます。人魚姫は必死になって王子を助け、あたたかな海辺に寝かせて、自分は隠れます。 そこに、美しい人間の女性が通りかかり、王子も意識を取り戻します。王子は、その美しい女性が自分を助けてくれたと思い込みます。
人魚の国に帰った人魚姫は、王子のことがどうしても忘れられません。 物思いにふけってばかりいます。
さらに人魚姫は、おばあさんから、こんなお話を聞きます。
「人魚は三百歳まで生きられる。でも、死んだらあわになってそれでお終い。人間は死んでも、たましいだけは生きつづけるのです」
人魚姫は、人間のような「死なないたましい」が欲しいと思います。
さらにおばあさんは言います。
「ここに一人人間があってね、あなた一人を好きになる。そうして、それこそありったけの真心で、あなた一人のことを思ってくれる。そうなると、その人間の魂があなたの身体の中に流れこんで、その人間の幸せを分けてもらえることになる。しかも、その人間はあなたにたましいを分けても、じぶんのたましいはやはりなくさずにもっているというのさ」
人魚姫は、王子への愛情、そして「死なないたましい」を手に入れるために、 人間になることを決心します。その願いをかなえてもらうために、魔女のところに相談に行きます。魔女は、人間になる薬を作ってくれます。
でも、人間になるためには、たくさんの苦しみがあります。人魚の下半身は魚のようですが、それを人間の足に変えるには、ナイフで刺されるような痛みがあるのです。
しかも、人間の足になってからも、一歩歩くごとに、するどい刃物を踏むような痛みがあるのです。 そして、いったん人間になると、もう人魚には戻れません。もし王子が別の女性と結婚すれば、心臓が破れて、身体があわになってしまいます。
さらに、魔女は自分へのお礼も求めます。 人魚姫は、海の世界でいちばんの美しい声の持ち主なのですが、その美声をくれというのです。声をあげてしまったら、もう人魚姫は口をきけなくなってしまいます。

それでも、人魚姫はすべてを承知します。舌を切り取られ、薬をもらって、海の上に世界に行きます。薬を飲んで、凄まじい痛みに気を失った人魚姫。気がついたとき、目の前にいたのは、 あの王子でした。
自分はちゃんと人間の身体になっていました。王子は、人魚姫をお城に連れて行って、大切にしてくれます。しかし、王子が愛しているのは、溺れた自分を助けてくれた美しい女性です。本当は人魚姫が助けたのですが、口のきけない人魚姫はそれを伝えることができません。
それでも王子はだんだんと人魚姫のことを好きになっていってくれます。そんなとき、王子に隣国のお姫様との結婚話がもちあがります。王子は結婚する気がありませんでした。
しかし、隣国のお姫様に会ってみたら、 それは自分を救ってくれた(と王子が思い込んでいる)美しい女性でした。

王子と隣国のお姫様は結婚することになります。人魚姫の命も、もう夜明けまでです。そこに、人魚姫の姉たちがやってきます。美しい髪をすべて魔女にやって、その代わりに、短刀をもらってきたのです。「この短刀で王子の胸をぐさりとやれば、あなたは死なずにすみ、またもとの人魚に戻れるのよ」 と姉たちは言います。
人魚姫は、短刀を持って、王子の寝室にしのんでいきます。王子は、隣国のお姫様といっしょに、幸せそうに眠っています。王子は寝言で、隣国のお姫様の名前を呼びます。

人魚姫は、短刀を海に捨てました。そして、自分も海に飛び込みました……。
さて、ここから先、 絵本などによって、3種類の結末があります。あなたが作者だったら、どの結末にしますか? (アンデルセンの書いた結末を当てるということではなく、あなた自身だったら、どういう結末にしたいかで選んでくださいね)

Aの結末
「人魚姫はあわとなって消えてしまいました」
Bの結末
「人魚姫は海のあわとなりましたが、消えてしまうことはなく、そのたましいは天国に召されたのです」
Cの結末
「人魚姫は海のあわとなりましたが、消えてしまうことはなく、300年間の善行を積めば、人間と同じ『死なないたましい』を授かることができるのでした」

心が決まったら解説を読んでください。


このテストから学ぶテーマ
「本当の恋」は一度だけなのか?

アンデルセンの「人魚姫」には、恋愛の要素がほとんどすべて詰まっているのではないでしょうか。大人になるまでの、少女期の恋へのあこがれ。大人になって、すてきな男性との出会い。そして、嵐、遭難、救出という大きな事件。これが大切です。
「二人で大きな試練を克服すると、恋に落ちやすくなる」 という心理があるのです。
人魚姫はひとめ見て王子を素敵だと思っていますが、本当に恋したのは、王子の命を救ってからでしょう。 王子のほうも、溺れたところを助けてくれたと思ったからこそ、通りかかった美しい少女を恋するようになったのです。
これは「勘違いの恋」ですが、人魚姫にはどうすることもできません。こういうことも、現実にしばしばありますね。好きな人が、別の相手に夢中になっていて、「本当は私のほうがあなたのことを深く理解し愛しているのに!」 と内心でいくら歯がみしても、どうしようもないことが。こういう恋のライバルも、恋愛にはつきものです。
そして、恋をしてから、人魚姫は、思い悩んで、暗く落ち込んでいることが多くなります。
「逢ひ見ての 後の心に くらぶれば  昔はものを 思はざりけり」
という和歌が「百人一首」にありますが、恋をすると皆、悩むものです。それは、恋がうまくいかないから、というだけではありません。両思いになってうまくいけば、恋は楽しくて、気持ちが明るくなるもの、ということはないです。むしろ、それが本当の恋であるほど、情緒不安定になり、すぐに泣いたり、怒ったり、周囲から見ると、まるで不幸な恋をしているように見えるものです。
なぜかというと、本当の恋をすると、アイデンティティが揺らぐからです。 恋をすると、オキシトシンなどの脳内化学物質が分泌され、情緒不安定になって、自己コントロールがきかなくなり、アイデンティティを見失いがちになってしまうのです。
なぜそんなことが起きるのか? いくら愛情があっても、生まれも育ちもちがう二人が、いっしょに生きていくのは大変です。ですから、いったんそんなふうに人格を軽く崩壊させて、あらためて二人の関係の中で新しい人格を築きあげていけるようになっているのです。人間の身体と心というのは、じつによくできているものです。
ユダヤの格言に、
「本物の恋愛は、二つの金属が強い火によって合金となるようなもの。たとえ熱が冷めても、二人は一体である」というのがあります。じつは、本当にそういうことが、愛する二人の中で起きているのです。
人魚姫のおばあさんが、
「ここにひとり人間があってね、あなたひとりを好きになる。そうして、それこそありったけの真心で、あなたひとりのことをおもってくれる。そうなると、その人間のたましいがあなたの身体のなかに流れこんで、その人間の幸せを分けてもらえることになる。しかも、その人間はあなたにたましいを分けても、じぶんのたましいはやはりなくさずにもっているというのさ」
というふうに言ったのも、恋によってお互いが相手に合わせて心を変化させることを表しているのではないでしょうか。
つまり、出会う前の二人と、出会った後の二人では、 もう同じ人間ではないのです。
「人魚姫」のお話では、人魚姫がまさに人魚から人間へと大きく変化しますが、これも、恋をする者の変化を表しているのではないでしょうか。恋は人を変えます。人魚姫は、王子を好きというだけでなく、たましいの変化にもあこがれて、人間の世界に行くのです。
この「変わる」ということは、素晴らしいことでもあり、怖いことでもあります。
人を好きになっても、自分を変えたくない人もいるでしょう。でも、そうはいかないのです。自分をダメと思っている男性などは、 「素敵な恋人ができたら、自分も変われるのに」 などと夢見ますが、本当の恋でないと変われませんし、変われたとしも、それは良いほうにとは限りません。 もっとダメになる場合もあります。
よく恋人ができると、親や友達とうまくいかなくなることがあります。これも、親や友達を優先するようになるから、親や友達が反対をするから、というような理由だけではありません。恋をすると人格が変化するので、周囲の人からすれば、その違和感によって、なんとなくつきあいづらくなる場合があるのです。
自分が変化することによって、人魚姫の場合もそうであったように、さまざまなものを失わなければなりません。さまざまな痛みにたえなければなりません。 しかし、 いちばん怖いのは、そういうことではありません。
もっと怖いのは、相手に合わせて心を変化させてしまったのに、 その相手を失ってしまうことです。
人魚姫は、王子のために、人間に姿を変えたのに、王子は別の女性と結婚してしまいます。でも、いったん人間に変わってしまった人魚姫は、もう人魚に戻ることはできません。これは現実の恋でも同じことです。
本物の恋の炎で、 いったん心を溶かして、 相手に合わせて、新しい心の形になったのです。 恋をする前の自分の心に戻ることはできません。
そして、今の自分の心にぴったり合うのは、その相手だけで、別の相手では、もうぴったり合うことはないのです。ですから、失恋したとき、「もともと出会ってなかったと思えばいいのよ」とか、 「素敵な人は他にもいるんだから」 と言われても、ぜんぜんなぐさめにならないのです。
「もうもとの自分には戻れない」 「私はあの人でなければダメなんだ」 と思ってしまうのです。
人魚姫の場合は、王子を失えば、心臓が破れ、あわになって消えてしまわなければなりません。そうならないために、人魚姫は王子を殺すことを考えます。こういう事件も現実にありますね。愛する人を失うくらいなら、殺してしまおうという……。
しかし、そんなことをしても、なんにもならないことを人魚姫はさとります。相手を殺したって、自分の心は変化しないのです。苦しみはそのままです。では、どうしたらいいのでしょうか? 現実にも、愛する人を失ったために、 自殺する人もいます。もう二度と、誰とも恋をせず、一生、独身をつらぬく人もいます。
でも、「本当の恋」は一生に一度なのでしょうか? 実は、そんなことはありません。そもそも、愛する人に出会ったとき、いったん心が溶けて、形を変えているのです。相手に合った形に変化してしまったからこそ、失うと、元にも戻れず、ツライわけです。
金属だって、熱で溶けるのは一回だけではありません。またあらためて熱を加えられれば、また溶けます。最初よりは難しい場合もありますが、それでも不可能ではありません。恋も同じです。
また、素敵な出会い、大きな出来事などがあれば、あらためて、心が溶けて、今度はその相手に合った心へと変化します。そうすれば、今度はその相手こそが、本当の相手になるのです。
そうすれば、今度はその相手こそが、本当の相手になるのです。そのときには、前の相手は、もう本当の相手ではなくなります。心の形が変わったからです。そうやって、充分な熱さえあれば、人の心は何度でも形を変えることができます。
「本当の恋は一生に一度」なんてことはないのです。一生に一度としか思えない恋を、何度もできるのが人間なのです。もちろん、 「素敵な人は他にもいっぱいいるんだから」 などと安直にはいきません。心を変えるほどの熱は、そう簡単には得られません。
人魚姫のラストでも、あわとなった人魚姫は、それで終わりではありませんでした。しかし、すぐに「死なないたましい」を得られたり、天国に迎えられるわけではありません。
300年間の善行が必要なのです。つまり、次の恋をするためには、やはりそれなりの期間は必要だし、決して簡単なことではないということです。でも、不可能ではないのです。
人魚姫も希望を持ちます。どんなに辛い失恋をしても、 そのことを忘れないでいただきたいと思います。
<賢者の答え>

Aの結末「人魚姫はあわとなって消えてしまいました」
がいいと思ったあなたは……
すっきりしたラストで、実際、このようにラストを変えてある場合も多いのです。人魚姫の悲しみも際立ちます。
でも、アンデルセンはそういうふうに終わらせませんでした。「ラストが蛇足だ」という人もいますが、アンデルセンは、恋はそんなふうに一回きりで終わるものとは考えなかったのでしょう。いくら本気の恋であったとしても。あなたはとても純粋で、思い詰めやすい傾向があるのではないでしょうか。恋をするときも一途で、失恋すると、そこから抜け出すのに時間がかかり、なかなか別の人を好きになれないのでは。
そういう真っ直ぐさは、あなたの美点です。でも、いっぽうで、危険でもあります。絶対に失いたくないものを失ってしまったときに、心がたえられなくなってしまうことがあります。そういうときは、そのまま生きていける気がしなくなるかもしれません。自分の中の何かが終わってしまったように感じるかもしれません。
でも、そうではないのです。人魚姫にも続きがあったように、あなたの人生にも、必ず続きがあります。もしものときにも、そのことをどうか忘れないでください。

Bの結末「人魚姫は海のあわとなりましたが、消えてしまうことはなく、そのたましいは天国に召されたのです」
がいいと思ったあなたは……
救いのあるラストです。あなたは、物事のあきらめがいいほうでしょう。
うまくいかないことがあっても、なるべくそれを早く忘れて、次の目標を見つけようとするほうでは。それはとてもいいことです。いつまでも後悔したり、未練をひきずったりしてみても、いいことはありませんし、精神の健康をそこねるばかりです。
ただ、いくらあきらめのいいあなたでも、そう簡単にはあきらめられないこともあります。そういうことが起きたとき、いつものように割り切れないと、「やっぱり今回はそうはいかないんだ。自分にとってそれだけ重大なことなんだ」と、ますます悲しみが深くなってしまいかねません。いつでも、すぐに気持ちを変えられるとは限りません。でも、それは絶対に変えられないということとはちがうのです。
気持ちを変えるには、長い時間と、その間のさまざまな出来事が必要な場合もあるということを、心のどこかに置いておいていただければと思います。

Cの結末「人魚姫は海のあわとなりましたが、消えてしまうことはなく、300年間の善行を積めば、人間と同じ『死なないたましい』を授かることができるのでした」
がいいと思ったあなたは……

救いはあるけれども、それは簡単ではなく、時間も手間もかかるというラストです。
アンデルセンも、このラストを選びました。何があっても、終わりではないし、でもすぐに救われるわけではない。こういう覚悟があれば、何か辛い経験をしても、そこで破滅してしまうことはないでしょう。どんなに辛くても、先を見て歩いていくことができるでしょう。
実際、あなたは過去に失恋や、何か辛い経験をしたことがあるのではないでしょうか。それがちゃんとあなたの心の糧となっているように感じます。すでにあなたは何度か自分の心の形を変えてきているのかもしれません。変わることは、悲しみや苦しみもともないますが、変わっていけることこそ、人間の素晴らしさです。
王子を失っても、あわになっても、人魚姫はこれからの300年間に希望を抱きます。そして、そのとき初めて涙を流します。こういう複雑な涙を流せるようになることこそ、人間的な成長ということでしょう。あなたには、きっとそれが理解できることでしょう。


津田先生「王子が人魚姫の愛と真実に気づき、人魚姫と王子が結ばれる」 というようなハッピーエンドがないことに、疑問を感じた方もおられるかもしれません。でも、アンデルセンは、失恋の物語を書いたのです。
ですから、失恋しない話にしてしまっては、本末転倒です。怪談でお化けが出ないようなことになってしまいます。ですから、そういう選択肢はないのです。
アンデルセンは、その生涯で何度も失恋をくり返し、ついに一生、独身のままでした。 そういう人だからこそ、これほどの物語を書くことができたのでしょう。

スタッフより
「人魚姫には恋愛の全ての要素が含まれている、との解説に深くうなずきました。お別れのときに身を引き裂かれるような思いをするのは、一度は合金のように溶けあってひとつに固まったため、自分の半分を失うからなのですね…。そんな私はAかなと思いながら最終的にBを選びました(^^) 皆さんはいかがでしょう」