「794年に平安京ができた」ことを歴史の時間に「ナクヨ(794)うぐいす平安京」と覚えた記憶のある私。あまりに過去過ぎて、いまだに謎に包まれている部分も多い平安時代ですが、ここで、私と同じように歴女ではない方のために平安時代とは?の豆知識です。

平安時代とは794年から1192年まで(1185年までという説もある)ごろを指し、794年に桓武天皇が都を平安京(京都)へ移したのが始まりです。
その後、「イイクニ(1192)つくろう鎌倉幕府」でおなじみの源頼朝が、鎌倉幕府を創設した鎌倉時代の前までが平安時代です。
平安時代は貴族文化が成熟し、優れた和歌が次々と生み出され、『源氏物語』や『枕草子』といった日本を代表する文学作品も誕生しました。当時の絵画には、貴族女性の長い髪と十二単衣(ひとえ)の姿が印象的に描かれていますよね~(百人一首にも!)。
この時代にすでに「目に見えない力」によって運気をより良い方向に持っていこうという試みがあったというから、驚きです。

「室礼(しつらえ)」にこだわりを持つ平安貴族
★部屋の間仕切り 「帳(とばり)」と屏風

マギー先生:「平安時代は、占いのルーツに当たる“陰陽道”が発達し、貴族たちの生活にとけこんでいた時代でした。そして貴族たちは今でいうインテリア『室礼(しつらえ)』にこだわりを持って生活を送っていました」

この当時、貴族の家は「寝殿造り」という建築法で建てられるのが一般的でした。室内は、とても広い板敷き(フローリング)のワンフロアで、畳を必要な枚数敷いたり重ねたり、あるいは間仕切りを使って部屋割りをしていたそうです。
壁の代わりに用いられたのは布製の「帳(とばり)」(マギー先生いわく「これは“壁代(かべしろ)”とも呼ばれた」とのこと)。帳を部屋につるし、春夏用・秋冬用と季節に応じて色や文様(模様)を変えました。
実は、この色を変えるのは運気を上げる目的でもあったのです。

マギー先生:「春夏はピンク系、秋冬は黄系が多く、文様に運気アップ用の『吉祥文』(福を招くとされる動植物や物品などを描いた図柄)が使われることもありました。几帳(きちょう)の文様で知られているものに『朽木(くちき)文様(模様)』があります。平安時代初期は、唐(古代中国)の影響を多分に受けた時代ですが、これらの文様も発祥は古代中国といわれています。現代ならタペストリーとして応用するのはどうでしょう?」と、先生からの提案です。さりげなく部屋の壁に運気アップのタペストリーをかけるのもいいですね。
また、この時代、屏風も部屋の間仕切りに使われていました。描かれたのは幸運を招く絵や詩歌でした。

★平安時代もガーデニングは重要だった
平安時代はガーデニングも運気アップの手段の一つでした。季節ごとに花を植え替え、旬のパワーを得ようとしたそうです。現代にも通じる、平安時代が身近に感じるエピソードです。

しかし、貴族たちは自分の手で植え替えたのはありませ~ん。庭師でもありません。なんとガーデニングを行なうのは、陰陽師(おんみょうじ)の役目だったのです。
陰陽師は幸運な方角を選び、幸運をもたらすとされる植物の植え替えを行っていました。植物には今も昔も、不思議な力が宿ると信じられていたのですねぇ。

*陰陽師(おんみょうじ):古代日本には、中務省(なかつかさしょう)という律令制における省が存在し、その中に陰陽寮があり、そこに属した官職のことを陰陽師(古代はおんようじ と呼ばれた)と呼ぶ。当初は、その官職の中でも陰陽道に基づき易占や地相をみる者だけを指していたが、後には占術や祭祀なども司るようになり、陰陽寮に属する者全員を指すようになったという。

★願いを叶える「花結び(紐の結び方)」
マギー先生:「几帳や御帳台(みちょうだい。天蓋つきのベッドのこと)などに付いている紐は、魔除け防止や浮気封じ、願いを叶えるなど目的別に結び方がありました。総称して“花結び”といい、髪飾りや衣装、恋文、調度品など様々なところでも用いられました」

実はこの「花結び」、現代にもいまだに息づいています。「アジアンノット」と名を変えて、アジア圏で人気があるんですって!

★「薫香(くんこう)」が大ブーム
現代でもアロマやお香で一息つく私たちですが、平安時代も貴族の間で「薫香」が大流行しました。薫香とは、香木や香料を調合した「練香(ねりこう)」を部屋や着物などに焚き染めることで、6世紀ごろに仏教とともに中国から伝来されたといわれています。

マギー先生:「その家秘伝の香(こう)や、自分独自のマイ香を調合し、室内で焚いたり衣装や持ちものなどにも焚き染め、自分のセンスをアピール。そのうちに季節の香りを加えることで運気アップを図ろうともしました」

この方法も現代に応用できますね。さて、次は平安時代から一気に江戸時代に行きましょう。

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お次は江戸時代。商人が豊かになり多様な文化が花開いた時代です。江戸時代は1603年~1868年までの265年間を指し、徳川家康が征夷大将軍となって、江戸(今の東京)に幕府を樹立させたことが有名ですね。マギー先生によれば、この時代は身分制度が厳格で、住み家や持ちものも厳しく決められていたそうです。

リサイクル精神に富んでいた江戸の人々
★「つくも神」とリサイクル

マギー先生:「江戸の一般庶民は、リサイクル業者や修理業者のお世話になり、モノを直して使うのが当たり前でした。モノを丁寧に扱えば、モノに憑く“つくも神”がツキを運んできてくれますが、乱暴に使ったりポイ捨てをするとモノが妖怪化してしまい“つくも神”の祟りにあうとされていました。そこで生まれたのが、モノの供養です。使用した針の“針供養”や“人形供養”などが名残として現代でも残っています」

スタッフは江戸時代の本を読んだときに「布団も貸し出されていた」と知って驚いた記憶があります。リサイクルが当たり前ですから、本当にどんなモノでも貸し出しがされていたようです。身一つでどこにでも行けて、生活が始められた便利な時代でもあったんです。

★火打ち石で災難除け
テレビや映画の時代劇で、出掛ける人に向かって家の人が石を「カチッカチッ」と打ち鳴らすのを見たことがありませんか? これは「火打ち石」といって、家から出る直前に災難除けのために行われていた江戸時代の習慣です。

マギー先生:「鉄と石をぶつけて火花を出すことで、無事に相手を送り出す意味がありました。火は清浄なものとされ、身を清める力があるとされていたのです」

実際に、火打ち石は火花が出て、火をつけるために古来より用いられてきたものです。

★部屋の中に運気を呼び込む
江戸時代も、部屋にいろんな工夫をして運気を上げようとしていました。例えば、部屋に七福神の絵を飾ると幸せになれる、招き猫を飾るとお金に困らないなど、様々な言い伝えや開運アイテムが編み出されるようになったのはこの時代からです。
また、神社のお札を家の戸や柱の上の方に貼ったり、屋根裏に貼ったりもしていました。家の中は神様だらけ。とても賑やかなイメージです。

★「ひ」は厳禁だった江戸時代
江戸は木造家屋が密集し、庶民は何軒もくっついた長屋(ながや)住まいが常でしたので一度火事が起こると、大火事となることが少なくありませんでした。
有名な「振袖火事」として知られる明暦の大火(1657年)では、3月2日に出火してから丸二日間燃え続けて、江戸の大半を燃やし尽くしました。犠牲者数は3万人とも10万人ともいわれています。
そんな江戸では、火を連想する「ひ」という言葉を使わないようにしていたのです。

マギー先生:「火事が多かった江戸では、『ひ』の言葉は、火を連想するので使わないようにし、『ひ』を『し』と発音しました。たとえば『日の出』は『しので』、『ひまわり』は『しまわり』などと発音しました」

ふむふむ。江戸っ子は『ひ』を『し』と発音するのは知っていたスタッフでしたが、その理由は火事を忌み嫌うからだったのですね。

最後に、ちょっと笑っちゃう魔除け?をご紹介。

マギー先生:「江戸時代は、早く帰ってほしい客人に対して、箒を逆さに立てておくと追い払えるとされていました」

これ、今度嫌なお客さんが来たら、みなさんもやってみましょう! 来客なのに、いきなり玄関やリビングに逆さの箒があるだけでも相手はきっと驚くでしょう(笑)。

様々な当時の開運、厄除け法を聞くと、当時の人々がぐっと身近に感じます。平安時代は雅(みやび)なイメージ。江戸時代はエコで合理的なイメージでしょうか。
いつの時代も見えない力や存在を信じ、もっと幸せになりたいと願う気持ちは同じです。平安時代や江戸時代の開運法を取り入れながら、はるか昔のご先祖さまたちに思いを寄せてみるのも開運の鍵かもしれません。今あなたがあるのは、ご先祖さまたちからの命のバトンによるのですから。


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