あなたはエジプトの石細工の職人です。
巨大なピラミッドの壁面や内部に、緻密(ちみつ)な装飾を彫りつけるのが仕事です。
今は、ある小部屋の壁面の装飾をやっているのですが、この部屋は後に石で閉ざされフタをされてしまうので、もう二度と開かれることはありません。
あるとき、職人仲間のAが言いました。
「どうせもう誰にも見えなくなるのだから、少々、手を抜いてもかまわないさ」。
一方で、職人仲間のBが言いました。
「誰も見なくても、自分の仕事は自分が知っている。だから、手は抜けない」。
さあ、今のあなたなら、どちらの意見がもっともだと思いますか? 
よく考えてみてください。

心が決まったら、解説を読んでください。



このテストから学ぶテーマ
「自分自身を尊敬できるようになりましょう」

古代の遺跡などは、誰の目にも触れないところまでまったく手抜きをせずに装飾がされていて、後から発掘した現代人を大変驚かせました。
なぜ彼らは手を抜かなかったのでしょう?
古代ギリシャの彫刻家ペイディアスの逸話が伝わっています。
アテネのパンテオンの屋根に立つ彫像について、アテネの会計官が言いました。
「彫像の背中は見えないから、彫らなくてもいいだろう」。
そして経費を削減しようとしたのです。
しかし、ペイディアスは「人は見なくても、神は見ている。だから、手を抜くことはできないのだ」と答えたそうです。
すべての仕事を神が見ていてくれる、と思えた古代の人は幸せかもしれません。
では、神を信じない現代人の場合は、この話は関係ないのでしょうか?
そんなことはありません。
人は見ていなくても、神も見ていなくても、自分は見ています。
自分の目こそが肝心です。
腕のいい職人は、今でも一切手抜きをしません。
たとえお客にはわからなくても、自分にはわかるからです。
手抜きをしてしまえば、自分自身を尊敬できなくなってしまうでしょう。
「頑張っているのに、わかってもらえない」
「もっと認められたい」
というのは、他人に見てもらいたい、評価してほしいということなのです。
けれど、それよりも、自分自身の評価を大切にしましょう。
「誇りを持てる自分であること」。
それこそがもっとも大切なことなのです。
それがしっかりあれば、人が認めてくれないことなど気にならなくなりますよ。

<賢者の答え>

「どうせもう誰にも見えなくなるのだから、少々手を抜いてもかまわない」。
→この意見に賛同したあなたは…
他人の目や評価というものは不確かなもので、それに左右されていてはいつまでも心は落ち着きません。注目される職業や人気商売の人が、心に変調をきたしやすいのもそのため。自分自身の評価を最重要視しましょう。

「誰も見なくても、自分の仕事は自分が知っている。だから手は抜けない」。
→この意見に賛同したあなたは…
自分で自分をちゃんと評価しているので、他人からの評価はさほど気にならないでしょう。でも、不思議なことに、そういう気持ちでいたほうが、いつかは周囲もあなたの真価に気づいてくれるものなのです。

みなさんの考えはいかがでしたか? 
私は「彫刻がすごくシンドイ作業なら、適当なところで切り上げてしまうかもなあ…」などと思ってしまいました。
でも、二度と見ることはないとわかっていても、自分の罪(手抜き)が後世に残されると思うと、きっとあとあと後悔することになると思います。
後ろめたい感情をもったままでは、きっと正々堂々とその後の人生を歩むことはできないはずです。
まっすぐ前を向いて生きていくためにも、正しいと思うことを信じて実行する【自分への誇り】と【美意識】。
これらをいつも心の中に持っていたいですね。