こんにちは。まーさです。
日々鑑定などで皆さんにお会いしていると、「占いのような、人を見る、癒す仕事をやってみたいのだが、自分は向いているか?」と聞かれることがよくあります。
そういう仕事に関心をよせる人、本当に多くなったなあ~と、同業者としては(笑)大いに嬉しい話なのですが。
さて、改めて考えると、まあ占いに限定して考えるなら、向いているのはどういう人なのでしょう。あくまで私はどう思うか…ではありますが、考えてみました。
一般的には、「第六感が冴えていて、何か特殊な能力が必要なんでしょう?」「知識もばっちり入っていなければいけないんでしょう?」的にいわれるのですが。
個人的には、まあもちろんそういうのも?大事なのかなと思いますが…。
でももっとも重要なのは、「人間自体を好きなこと、関心が深いこと」ではないかと、私は思います。
占いのようなものを使って、人に深く接して行きたいなら特にです(ただ占いが好きで研究しているのなら、この限りではありませんけども)。

実際、占星術等の知識に関してはすごいものを持っているのに、なぜか人を具体的に見ることはなかなかできない、という人は実に多いです。単純に知識でいえば、自分よりありそうなのに、なんでだろうなあ?と思うのですが。

実際に鑑定のようなものをやってみるとわかりますが、占いとは、人ひとりの持つ宇宙に触れる行為です。言い換えれば全員にその人らしいドラマがあって、まずそれをただひたすら“理解する”ことが、一番最初の作業になります。
それは友達同士のような親近感や共感でもなく、かといって単純な分析行為でもなく、ただそのままにその人が感じ取っている事実を受け取ることで。
でもそうやってある意味、客観的に物語を受け取っていると、その中には確実にその人が持って生まれた様々な星の資質や背景が浮かび上がります。探そうとしなくても、先に「○○座だから、この角度がこうだから…」と考えてこちらが待ち構えなくても、個性の特徴として自然に強く浮かび上がってくる。そんな感じです。
だから、現実に、占いをするというのは「相手の話をよく聞くこと」につきる、と感じることが多いですね。
もちろん、みんながみんな自分をうまく言葉で語れるわけではないし、逆に「本心ではないことをいってしまう」ケースもよくあります。
でも不思議と、その「語れていない(と思われる)自分」も、「ちょっと取り繕ってしまって本心以外のことを語る自分」というのも、その人なんですよね。
また、そういうたとえば「口下手である」「自分の本心を隠す癖がある」なども、星にはちゃんと出ているのです(笑)。で、ちゃんと聞けていれば、「ああ、話せてないな」「今ちょっと話盛っちゃったね」も、なぜかわかってしまうという。

だから、究極を言えば、その本人が目の前に来てくれて情報を与えてくれるなら、ホロスコープの情報さえ、いらないのかもしれませんけどもね(まだ私はその粋ではないけど。笑)。星の図は、本当にそのまま「生きたその人の設計図」なのだから。図にこだわるよりは、人にこだわれ…ってことなんじゃないかとも。

むしろ、そうやって相手の発するものをただじっと興味を持って眺めるためには、やっぱり「人間自体を面白いと思う」気持ちがないと、難しいんじゃないかと、思うわけです。
とはいえ、事実、こんな手法?ではなく、もっと理論的に人を見る方も、たくさんおられます。この手のジャンル(スピリチュアル?)は、「絶対こうでなければならないという理屈がない」(そんなところが入りやすく、同時に難しい)世界ですから、この辺も多分人それぞれでいいのでしょう。

また、こんな感じで相手に向き合っていると、単純な、自分自身のまだまだ浅い星の知識より、はるかにそれを上回る各星座や惑星の出す個性の深さを、実際の方から感じることがありますよ。「こんな出現の仕方もあるのか…」と。そんなときはまた嬉しくて、自分の心のノートに書きくわえます。

本の知識より、星の理屈より、
実際に生きている人間の存在を優先する。より尊重してとらえる。
とりあえず、今の私はそうでありたいなと思うし。
実は案外、そういうやり方こそが、もっとも「人の幸福を何より願ってくれる」星の思いにもかなう見方なのではないかな…、とも思っています。